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子供がいたら(旦那)

親と話していると、毎回いつ元の生活に戻れるかと聞かれる。
元に戻ることは無いと何度説明しても分からないらしい。
テレビで廃炉まで10年とか20年と報道されたものを見てそんなにかかるのかと落ち込んだり。
放射線の数値が下がってきたからもうすぐ原発問題は終わると考えたり。

福島のテレビでは福島市や郡山市など中通り地方の情報がメイン。県人口の半分以上が中通りに住んでいるから当然だけど。
そして20キロ圏内+飯館付近を除くと、中通りの放射線数値は浜通りより高い。
中通りの数値程度なら安心ですと放送されると浜通りの数値なんて安全じゃないかとなる。

数値は低くなっていき原発は収束に向かっているという論調で報道されているので、いつ元に戻るかと考えるのは仕方ないとは思う。
現実は原発の収束時期なんて見当もつかない状態で、このまま水をかけ続けて海に延々汚水を垂れ流すしか無いように見える。
微量と言って良いのか分からないけど空気中にも放射性物質を漏らし続けるのも確実だろう。
ただちに健康に影響が無いという言葉は正しいので住むことは可能だけど、主要産業の1次産業再開は絶望的で2次産業は大手が撤退するだろうからこれも希望無し。人口減少で3次産業もどうにもならない。
もともと過疎化が問題になっていて、それゆえ原発が建ったわけだからこうなってしまうと地域としては終わり。
もちろん何十年か後にどうにかなるかもしれないけれど、親が生きているうちに元に戻ることは無いだろう。

親も地元の人もよく言うのは、国や東電が土地を買い上げてくれたり、仕事の補償をしてくれるなら移住しても良いということ。
東電にそんな金は無いだろうし、傾きかけている国にそんなことできるわけがない。
それを求めて裁判を始めたら生きているうちに終わるかどうかも分からない。

自殺したキャベツ農家の人がいたけれど、積み上げてきたものが目に見えないもので崩されるショックはかなりのものだ。
国は許容の数値をだんだん上げていって安全宣言をして補償の範囲を減らすだろう。
どうせ影響が出るのは何年も先で世代を越えて出る影響なんて何十年どころか100年単位かもしれない。
今安全だと言う人はその地位に居ないか死んでるか。
責任なんてとらなくていいわけだ。

本当に安全かもしれないのが低レベル放射線障害の難しいところ。
結局決めるのは自分であって自己責任か。
子供は自分で判断できないので可哀想だね。


自分は子無しで今後もできることは無いので想像することしかできないが少し考えた。
もし避難区域外、例えば福島市で南相馬で生活していたような状態でいたならばどうしたかを。
妻がいて、親がいて、仕事があって、家があって、もし子供がいたら。
補償の無い自主避難をするかな。
子供だけ逃がすか。
田舎のコミュニティーで自分だけ逃げるリスク。
仕事が無くなるリスク。
子供の将来を考えると仕事を失って経済的な苦労をかけることと、あるか分からない健康被害とのリスクを天秤にかけることになる。
難しすぎる選択だ。

自分は今回、30キロ圏内ということで罹災証明書も貰える立場だし、幸いにも妻の実家が大阪ということで一時避難をすることができた。
南相馬から2週間離れていたことで他の地域の状態が分かったし、暇にあかして原発関係の本もたくさん読めた。
もし福島市で生活していて日常生活を継続していたら今のように落ち着いた気分で居られるのか。


さて、仮定の話を長々と書いても結論は出てないのでここらで止めときます。
普段は全然悲観的じゃなくて妻とはバカ話ばかりしているのですが、blogだと悲観的に書いちゃいますね。
困ったもんだ。

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テーマ:地震 - ジャンル:日記

2011.04.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 【東日本大震災】

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南相馬市を離れ、京都に移住(仮)。このまま京都に居着くのか、それともまた福島に帰るのか、今のところまだ決まっていません。

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